プロフィール

はじめまして、ぴぃ子です。

50代の現在休職中の看護師です。

「自分の力で看護師になる」と決めた10代

高校を出て、准看護学校の夜学へ

昼間は見習い看護師として働きながら2年間学び、准看護師を取得。

その後2年間の「お礼奉公」経て、「このままではアカン」と正看護師の進学コースへ。

地元の病院に10年勤務したのち、結婚を機に退職。

転勤族の夫に同行し、日本全国を転々とする生活が始まりました。

11年のブランクを越えて復帰

子どもが小さいうちは専業主婦。

そして11年のブランクを経て、現場に戻りました

クリニックのパートからのスタート、でも働いてみてわかったのは、小さなクリニックのリアルでした。

  • 子どもの発熱でも休みづらい
  • 院長のご機嫌でシステムが変わる
  • スタッフが2〜3日で辞めていく劣悪な環境

耐えきれず転職。

次のクリニックは時給が破格で、歩いて通える好条件。

でもそこも院長の一声でルールが変わり、正職員のお局ナースが幅を利かせる雰囲気…働きづらかったけど時給が良いから、と我慢して勤めました。

200床の病院で、はじめて「働きやすい」と思えた

引っ越しを機に転職した200床の病院は、組織がしっかりしていて別世界でした。

教育・サポート体制が整い、急な休みも「お互い様」と言い合える温かい職場。

看護rooで6か月の派遣から入り、正規雇用に変更してもらえました。

次の転勤まで、安心して働き続けることができた職場です。

コロナ禍でしんどい時もあったけど、たくさんのことも学べたところでした。

そして、今回のこと

ハローワークで見つけた求人は、好条件が揃っていました。

✔ 歩いて通える
✔ 土日休み・夜勤なし
✔ 年収500万弱

「長く続けたい」そう思って入職しました。

でも、そこは看護師2人体制の超閑散とした部署

15年来の古参看護師との二人きりの毎日。

業務改善を提案しても無視。小ばかにした態度。そして日々の不機嫌パワハラ。

決定的だったのは、母が癌になったときのことです。

余命いくばくもない母のために介護休暇を申し出たとき、返ってきた言葉は——

「一ヶ月も休まれたら困る」

そう言ったのは何の権利もないその同僚の古参看護師。

私は「長く勤めたい、確執は避けたい」と言う思いから3週間で職場復帰しました。

そしてその10日後、母は亡くなり死に目に会えませんでした。

毎日辞めたいと思い、夜な夜な転職サイトを探しながらも、好条件に引かれて転職を先延ばしにして4年半。

でもある日、不機嫌パワハラがいつもより激しくて…私に動悸と呼吸苦が現れ、今までの我慢のタガが外れました。

「今日限りで辞めます」

気づいたら、そう言っていました。

今、転職活動中です

現在はMCナースネット・ナースJJに登録し、ハローワークにも定期的にチェック。

このブログは、私が実際に体験している転職活動を、全部さらすために始めました。

どのエージェントが使えるのか。ハローワークの実態はどうなのか。パワハラで急に辞めた後、どうやって立て直すのか。

きれいごとなしで書いていきます。

同じように悩んでいる看護師さんに、少しでも役に立てたら嬉しいです。

ぴぃ子